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北アルプス 裏銀座縦走
(烏帽子岳〜水晶岳〜双六岳〜槍ヶ岳)
2002/8/12〜16


□ 3日目 2003/8/15

 雨は小降りになっているが、止んでいるわけではない。雨仕度をしっかりして04時10分、まだ夜が明けやらぬうちに、テント場の中をぬって始まる登山道を探しながら蓮華岳へと向かう。三俣山荘からはすぐ急登となる。まだすっきりとは目覚めていない体にはきつい登り道である。

 蓮華岳の登山口となる蓮華峠にさしかかるころには、雨足がますます強まる。ここからは三俣蓮華岳、双六岳を通るのが本来ルートではあるが、尾根道をはずし、エスケープルートでもあるお花畑が延々と続く山腹の巻き道を選択した。風雨は強まるばかりだが、まだお花畑のハクサンイチゲやチングルマなどの高山植物を眺める心の余裕はある。


双六小屋での決断

 双六岳からの登山道との合流からは急な坂を下り06時30分、双六小屋に着く。小屋には、出発しようか、新穂高に下りようかと迷っている登山者が大勢玄関先にいる。決心して槍ヶ岳に至る西鎌尾根に向かったパーティも数組いるという。

 そのような玄関の登山者の中に、ブナ立尾根で合い前後していた大阪の単独氏がいて、ソールのパッカリと口の開いた登山靴を、紐と針金で留めている。聞けば8年使った靴だという。見ると靴の外見も年季が入っている。「私はピークを極めなくてもよく、山の中に入ってさえいれば満足。靴もこんな具合だから新穂高に降りる。」とのこと。でも、この靴の状態では下りなくちゃね。

 玄関先を借りて三俣山荘の弁当を食べながら、計画の見直しをする。リーダーとして、この悪天候からは新穂高に下山し、温泉宿に宿泊することを提案するYさん。悪天候をついても槍ヶ岳に行きたいとHさん。行くもよし引くもよしの自分。結局一人で槍ヶ岳に登るというHさんに連れ添うことで、2人で槍ヶ岳に向かう。


槍ヶ岳山荘からの西鎌尾根

 出発前に双六小屋の前で写真を撮り、右手にYさんが別れ新穂高に下山すると思いきや、Yさんも小屋前を直進し槍への道を進む。その選択には苦渋の決断があったはずである。双六小屋での疲労困憊のYさんの姿を見ているだけに、責任感をエネルギーにしてエンジンを回し、強風の樅沢岳を登るYさんには頭が下がりっぱなしである。

 樅沢岳を登り詰めると岩場の急降下となった。岐阜側の登山道を歩くようになると、顔をはじく横殴りの強風と雨、長野側の道にあるとハイマツ帯の中を歩くウソのような静けさで、天国と地獄の交互のくり返しになる。登山道は切り立ち、重いザックを背負っていることから強風によってバランスを崩すことも多く、どちらに転んでも谷底に転落してしまう怖さを乗り越えながら、10時00分、千丈沢乗越に着く。


槍ヶ岳山荘

 千丈乗越までの間、男性1人とすれ違う。声を掛けると、「風雨が強く、槍ヶ岳へ行くのは危険と判断して戻ってきた。」とのこと。それにしてはレインウェアを着ながら、笠をさして歩くなんて余裕があるじゃないかと内心思う。千丈乗越からは、天候が良いときでも2時間のコースタイムとなっている西鎌尾根が待ち受けている。その距離は1kmほどしかないが、その「2時間」は、コースがいかに急峻な登りであるかということを示している。

 体に密着させている腕時計で計る気温は13℃であるが、実際の外気温は7〜8℃であると思われる。ゴアテックスの雨衣、ゴアテックスを採用しているシリオの登山靴で身を固めているが、雨衣の中は発汗でびしょ濡れである。登山靴の中は5時間に及ぶ降雨の中を歩いたことから、水浸しである。しかし、すっかり濡れた体は、一切の休憩を取らない登り坂の連続が功を奏して、一定の体温を保っている。


小槍脇の縦走路から

 槍の小屋で話をした長野県の単独氏は、雨中、ザックを背中から降ろして10分ほど休憩を取ったことにより身体が冷えてしまい、体温を奪われてしまい、最後まで冷えたままであったとのこと。そして、後に、他の登山者から雨中での休憩中にザックを降ろしてはいけないとアドバイスを受けたとのことであった。

 このような状況ではあったが、残り2時間の登りをこなすには十分な体力と気力が残されており、かつて、六甲全山縦走56kmでいやというほど経験した寒さと体力の低下による過度の疲労とは違い、まだ体力と気力が残っているので、一歩一歩、また一歩と槍ヶ岳へと登る。

 しかし、槍ヶ岳山荘間での道のりは遥か遠く、ただ無事に到達することを思いながら、すっかり濡れたすべての衣服を温かいものに取り替えることを思いながら、ザレた岩場と格闘する。

 西鎌尾根は、岩と砂礫が主体の山肌で、その岩場にイワギキョウやタカネツメクサがしっかりと根を下ろしている。風雨が強く、顔にバシバシと当たってくる。レインウェアーやザックカバーが風で鳴っている。こんな中でもイワギキョウはその花を開き、じっと風に耐えている。耐えているというより、まったく意に介していないようだ。花茎はちっとも揺らすことなく、花弁がわずかに揺れているだけだ。高嶺の花とは言うが、まさに高嶺の岩場にしっかりとその存在感を示している。このような厳しい自然環境に合わせしっかりと生きている。

 残りの予定時間の2時間を休憩なしの1時間40分で登り詰めた11時40分、ようやく槍ヶ岳山荘に着く。山荘の広い玄関には、雨に打たれ濡れ鼠となった登山者で溢れている。乾燥室は濡れた衣類で一杯となっており、結果、翌日まで乾くことはなかった。靴に至ってはいかんともすることもできず、新聞紙を靴の中に入れ水分を吸収させるが、新聞紙はたちまち水浸しとなってしまう。

 部屋に入り、ザックの整理を終えて昼食タイムとする。自炊者用寝室と自炊室は、まるで中国・黄山頂上で泊まった登山者用ホテルのようで、床は湿っぽく、全体がいかにも汚い。ともあれ、自炊室で昼食の準備をしながら、一杯傾ける。

 談話室には多くの山男、山女が集っているが、中に新潟からの2人組がいる。聞けば、三俣蓮華岳も双六岳も登ってきたとか。暴風雨の中、これはまさに恐怖の2人組というしかない。その極意はと聞くと、「毎月2〜3回登山をしている。休憩を多くは取らないで、ゆっくりと歩くが、これが結果的に早く目的地に着く。」と言う。この2人には縦走路で相前後したが、常に泰然自若、淡々としている。

 そう言えば、水晶小屋では出発までに15分要した我々に対し、この2人組はさっさと準備を整え、出発している。ともあれ夕食の時間になり、新潟の2人組とテーブルを同じくして、再び山談義に花を咲かせる。

 明日の天気予報も悪い。早寝早発ちを心がけ、厚くて重くて湿気っぽい布団に潜り込んでまどろんだころ、Hさんに起こされる。「槍が見える!

 小屋の外に出てみると、槍が見える。黒々とした槍だ。これまで何度も夢見た槍への登頂。満天の星、大町の明かりも見える。花火が上がっている。夕方までの風は収まり、明日のよい天気を約束してくれている。


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